『ジェーン・エア』を再読して

C・ブロンテの小説『ジェーン・エア』を再読しました。

改めて、キリスト教的な価値観を濃く感じました。学生時代、キリスト教文化圏の名著と呼ばれる小説をよく読んでいたため、自分自身もキリスト教的価値観を無意識に内面化しているところがあるかもしれません。

この小説で、特に印象に残ったキリスト教的要素としては、以下のようなものがあります。

ロチェスター氏に狂人の妻がいると知ってからの、主人公の重婚への拒否感

・ソーンフィールド館を出てから、まともな寝床や食料にありつけずさまよう主人公の内省

・下巻に登場するセント・ジョンの性質

 

著者の父はアイルランド出身ですが、ヨークシャーで牧師になったそうです。プロテスタントと思われます。厳格な父親だったようです。

この小説全体を通して描かれている、主人公の意思の強さやストイックさは、キリスト教徒であれば誰でも備えているものとは到底言えないと思います。

 

上巻で描かれている、養育者である伯母の虐待、寄宿学校の環境のひどさはかなりきついものだと思いました。

下巻で主人公がソーンフィールド館を出てさまよい、やっと見つけた村で乞食のようなことをせざるを得なかった境遇も、自分であれば耐え難いと思いました。自分なら、仮に重婚だとしてもロチェスター氏からの結婚申出を断らないと思います。もっとも、その後、狂人の妻が館に放火しているので、主人公は結果的には断ってよかったということになるのでしょうか。

幼少期の過酷な環境を死なずに生き延びただけでも、主人公は相当運が良く、身体が丈夫だったのだろうと思わされますが、館を出て善良な家にたどりつけたこと、そしてロチェスター氏と再会して拒絶されなかったことも、相当運が良いと思います。情報通信・交通が未発達な時代の世界の狭さか、物語のご都合主義的展開によるところかもしれません。

この小説は、信仰それ自体よりも、主人公個人の強い性質とそれがもたらす帰結を描くことがメインなのだと思いました。

 

当時、画期的だったのは以下の点だそうです。

・主人公らが美男美女ではないこと

・女性から告白して自由恋愛をすること

読んでいて上記の点を特に画期的とは思いませんでした。もっとも、主人公らが美男美女ではないことは、作中かなり強調されているように感じられました。